潰瘍性大腸炎という難病にかかって入院しました。

いつも不定期で更新のブログを読んでいただきありがとうございます。


1人でも多くの人に読んでもらいツイッターのDMやメールアドレスに「しょうたさんのブログを読むとすごく元気が出る」「人生頑張っていきます」「もっと書いてください」などのご連絡をいただき書いててよかったな。ってすごく思います。


今日の記事は決して「元気が出た」「頑張ろうと思った」など内容ではないかもしれませんが、今伝えたいことを伝えます。


潰瘍性大腸炎という難病にかかった男

まず潰瘍性大腸炎とは何か簡単にお伝えすると大腸の「難病」です。腹痛、下痢、血便、体重減少、全体倦怠感、食欲不振、発熱などの症状が出ます。


僕自身、年明けぐらいからずっとこの症状が続いていて正直死ぬほど辛かった。


でも色々と重なり多忙の毎日で病院にもいかず、2月の後半やっと色々と落ち着いたのもあり体も限界だったので病院へ行きました。


そこから3回の大腸検査を受け、「潰瘍性大腸炎」と診断を受け314日(ホワイトデー)の日に入院することになりました。


今ではご飯食べるのは禁止で11ℓの水だけ。栄養は首から管を通して入れています。


今、面会に来るとすごい状態になっています。ねこきっくライブから10キロ体重も減り体はボロボロ。


入院するまでの2ヶ月間という辛い日々

先ほども書いたのですが、入院するまでの2ヶ月間は本当に辛い日々でした。


朝起きると「全身関節痛、激しい頭痛、吐き気、めまい、高熱、耳鳴り、寒気」

通勤では1時間早く会社に着くように計算して家を出ていました。


理由は腹痛が激しくあの朝のラッシュの中、何回も降りなくていい駅で降りてお手洗いに毎日行かなければいけないからです。


そのおかげで山手線のトイレの場所は大体把握しました(笑)会社についても10回以上のお手洗いに。幸いお手洗いが近く行きやすかったのが本当に良かったです。


帰りも一緒で降りなくていい駅で降りてお手洗いへ。食欲はというとお腹は空くけど一口食べるだけで、もう入らなくなります。


就寝の時は1時間に1回腹痛になるので1時間に1回お手洗いへ行っていました。なので正直寝ていません。


そしてシェアハウスしている子も起こしてしまいすごく迷惑をかけてしまっていました。こんな生活を毎日過ごしていました。


そんなことしてたらメンタルもボロボロになり生きていく気力させも無くしていきました。もうこんな人生嫌だと。


正直死んだ方がましとも思ってしまっていました。色々な幻覚も見えていました。


周りの環境に助けられた日々

その症状を見ていた彼女は自分の時間を全て僕に使ってくれてずっとそばにいてくれて食事管理、服の着替え、洗濯、もう家事全てをしてくれて支えてくれました。


昨日も僕の入院で必要な重い荷物を3時間かけて両肩を真っ赤にさせて持ってきてくれました。仕事帰りで疲れているのに....。


入院する前も入院した時も涙目で「早く良くなってね」とずっと手を握って言ってくれます。

本当幸せものだなと思いました。


潰瘍性大腸炎という難病を1日でも早く治して色んなところに連れて行きたい。てか、連れて行きます。


来年はお花見に行こうって約束もしているし。絶対行こ。入院前の話で少しお話を出したシェアハウスしている友達。


1週間前から準備してくれたサプライズ会。金曜日の夜に渋谷にきてって言われて行ったら車でのお迎え。


しかもその車の中には前職ですごく仲良くさせていただいていた先輩1人、後輩2人。みんなの顔を見た瞬間すごく元気が出ました。


そして車の中では彼女のボイスサプライズ。涙が出そうなぐらい嬉しかった。車の中にいて海が見えてきてみんなで「海やー」って言ったりバカみたいなことを言い合って騒いだりすごく楽しかった。


ついたのは熱海の旅館ですごく豪華で居心地がとても良かった。皆んで夜飯を食べて、カラオケ行って、バカな後輩が酔って二日酔いになって。


次の日は朝から温泉に入って、お魚系しか僕自身が食べれないので、みんなが気を使って有名なお魚定食が食べられるところに行ってくれて食べて最後に富士山を見に行って。


最高の思い出をみんなからもらいました。男5人旅本当に最高でした。今度は潰瘍性大腸炎が治して行く!!


親に入院したことを伝えました。親には東京で仕事をすることをずっと反対されていました。でも僕自身がわがままを言って上京しました。


なのに結局迷惑ばかりかけている。入院したことを伝えたら、週末に夜勤明けで車で三重から東京にくるって言ってきました。


本当に親不孝な子供だなと思います。金銭関係、書類関係も任せてしまって親に対して罪悪感しかありません。早く潰瘍性大腸炎を治して恩返しがしたい。


潰瘍性大腸炎という難病は治る

潰瘍性大腸炎は難病で治らないと言われています。特に僕の症状は「重症」で治る確率はないと言われているぐらいです。


ですが、僕は絶対治します。周りにいるみんなに恩返しを絶対したいし、バレンタインだってもらったままでお返しもしてないし、まだまだ行きたいところもあるし、食べたいものがいっぱいあるし、何より僕の目標である「夢を繋げる仕事」ができていない。だから絶対潰瘍性大腸炎を治します。


今日の記事はなぜ書いたか、それは僕と同じ潰瘍性大腸炎という病気をもつ人たちに読んで頂いて、「ここでも潰瘍性大腸炎と戦っている人がいる!!」って言うのを伝えたかった。


1人で頑張って治すんじゃなくてみんなで治したいと思いました。僕自身は「潰瘍性大腸炎が治りました。」という記事を読んで勇気づけられました。


僕もそんな存在になりたいし絶対治ったら恩返しをしたい自分の目標に向かって頑張ります。そして必ず記事を書いて一緒の病気の人を少しでも勇気付けたい!!


そのためにも絶対潰瘍性大腸炎を治します。今日も僕の記事を読んでいただき本当にありがとうございました。

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しょうた

11年間野球一筋でした。【未来は無限に変えられる】2018年3月14日潰瘍性大腸炎発症(全大腸型 2年目)体重80㌔→58㌔へ。Webディレクター、Webマーケッター👨‍💻noteにて「ぼくは腸と生きている」公開中。「西野亮廣エンタメ研究所」入会中。「堀江貴文ブログでは言えない話」購読中